スリーハンドレッドクラブ

関東地方にもようやく秋の深まりを感じる11月中旬、神奈川県茅ヶ崎にある「スリーハンドレッドクラブ」に伺った。ここスリーハンドレッドクラブは超名門に位置する、日本一のエクスクルーシブなクラブである。ハンドレットクラブの名称は、読んで字の如く、東急系ゴルフ場の特徴であり、中でもここはわずか300人しか会員を取らない(実際にはもう少し居るようだが)特別なクラブである。入会条件は、外務大臣経験者や首相経験者、一部上場会社の社長、会長で50歳以上と聞いており、この驚くべき入会基準はワシントン郊外の「大統領のゴルフ」との異名を持つ、名門「バーニングツリーゴルフクラブ」に倣ったものだと言われている。
入会に係る費用は7000万円を超えると聞くから、あの名門コースである小金井の6000万円すら超える金額である。確かに、クラブハウスの壁には、サントリー佐治会長やソフトバンク孫社長など錚々たる財界人が名のプレートが並んでいる。経団連加盟の会社で無いと入れないのか? まあ、どちらにして一般人が簡単にプレイはできないコースであることは間違いない。

スリーハンドレッドクラブの開場は1962年であり、その創設には後の総理大臣である中曽根康弘氏が関わっている。昭和21年、中曽根氏が各界から復員したばかりの青年将校たち20人を集めて、青年懇話会という憂国の士の集まりを作った。その中には、東京急行(東急)の創業者五島慶太の長男であり、東急グループ総帥で中興の祖といわれる五島昇氏がいた。昇氏はかねてから、「人と人を結び付けるのに、ゴルフほど健康的なものはない」を信条としており、財界サロン的なゴルフクラブを作ろうと考えていた。この信条を基に作られたのがスリーハンドレッドクラブなのだ。

ここには幾度となく訪れているが(小生は決してメンバーではない)、車でエントリーをする際はいつもとてつもなく緊張する。というのも、そのエントランスのお出迎えがなんとも仰々しく、そして圧巻の光景なのである。支配人を筆頭に、従業員総動員で出迎えてくれる。メンバーの顔ぶれを見れば当然なのだろうが、小生のような一般人にとってはこちらが恐縮してしまうのだ。プレイをしていつも思うのだが、ここは間違いなくプレイ人数より従業員の数の方が多い。これは従業員が多いということもあるが、それ以上にプレイをしている人が少ないということなのだろう。しかしこんな少ない来場者で、コースの経営は成り立つのか? 小生の心配には及ばないだろうが。

小生はもちろんレギュラーティ(全長6875ヤードPAR72)からのプレイである。ここを接待コースと思っている方々も多いかもしれないが、実はかなりタフなコースになっているで。コース上には樹齢を重ねた樹木が張り出し、狭いフェアウエイをより狭くしている。それは高い球で攻めることを極端に嫌っているかのようにも感じるが、それゆえにプレイヤーの挑戦意欲を掻き立てるコース設計とも言える。
小生はインコース10番スタート、415ヤードPAR4をなんとかボギーで切り抜けた。11番ホール175ヤードPAR3はピンが奥に切ってあり、実質185ヤードは必要であろう。5Uで放ったショットはピン右横4メートルにナイスオン、2パットのパー。12番はOBのダブルボギーとなり、13番495ヤードPAR5ではセカンドをグリーン横まで運び、寄せてのバーディーが来た。好事魔多しなのか、ここから先はダボのオンパレードで、上がってみれば47回の低落ぶりである。ハーフ後はこのコースの楽しみであるレストランでのランチである。レストランは決して広くはないがメニューは実に豊富である。ここにも従業員の姿が多くあり、その雰囲気はなんとも優雅である。ここでは他のコースでは決して見ることがない、昼食時間を自分で決めるシステムになっている。つい忙しなくお昼を食べてしまうが、折角ならもっとゆっくり食事をいただけばよかったと、いつも後で後悔する。習癖というのは怖いものである。


このような超エクスクルーシブクラブで総理大臣がプレーをすることを世間は、特権的であり、排他的だと非難の目を向ける方々もいるのかもしれない。しかしながら、石原慎太郎氏や五島昇氏が意図するクラブライフや、エクスクルーシブネスの趣旨は「文化やスポーツに対する造詣深いもの同士の、他人に邪魔されないよしみの場」や「地位を持つ者同士であっても、お互い立場やその緊張感を離れてリラックスして交流する場」という至極文明的なものだと小生は思っている。
スリーハンドレッドクラブの入り口には、「有朋自遠方来不亦楽乎不許冠職入山門(身分や地位を捨てて入場すべし)」の論語からの警句が立つ。
「有朋自遠方来不亦楽乎」とは、友人が遠方からわざわざ訪ねて来てくれる、なんと楽しいことではないかの意であり、「不許冠職入山門」は身分や地位、職業に執着する人は立ち入るべからずを意味する。このコースでは我々を驚かせるような新たなビジネスや交流が生まれているのだろうが、ゴルフは誰もが平等に、そして公平に楽しめるスポーツであるべきという考えが根底にあると言うことだろう。そこには日本の未来について議論を戦わせた青年将校20名の想いがある。そんな歴史と動きゆく世界の動向を肌で感じられるコースでもあった。
次は、桜が満開の時期にまた来られることを期待して。
38こと、宮本光広 書斎のゴルフ.com管理者。仕事で年間70ヶ所以上のコースをプレイ。北は北海道から南は沖縄まで巡り、観察&プレイをしている無類のゴルフ好きおやじである。アマチュア目線で見た、ゴルフ場雑観「ゴルフおやじ38のゴルフ場探訪記」を不定期投稿。カレーとトンカツの味にはうるさいカレー&トンカツ、マニアでもある。