ゴルフおやじ38のゴルフ場探訪記 Vol.26

골프 아저씨 38의 골프장 탐방기 Vol.26

波乱の歴史が生んだ関東七倶楽部の1つ名門「鷹之台カンツリー倶楽部」

파란만장한 역사가 낳은 관동칠클럽 중 하나. 명문 「타카노다이 칸트리 클럽」.

2023年2月千葉県にある鷹之台カンツリー倶楽部を訪れた。ここ鷹之台は、小金井カントリー倶楽部(東京)・相模カンツリー倶楽部(神奈川)・程ヶ谷カントリー倶楽部(神奈川)・東京ゴルフ倶楽部(埼玉)・霞ヶ関カンツリー倶楽部(埼玉)・我孫子ゴルフ倶楽部(千葉)の「関東七倶楽部」の1つである。小生は自宅からも近く、友人にメンバーが多いこともあって、幾度となく訪れているゴルフ場である。

2023년 2월 치바현에 있는 타카노다이 칸트리 클럽을 방문했다. 이곳 타카노다이 골프장은 코가네이 컨트리클럽(도쿄), 사가미 컨트리클럽(가나가와), 정가다니 컨트리클럽(가나가와), 도쿄 골프클럽(사이타마), 카스미가세키 컨트리클럽(사이타마), 아비코 골프클럽(치바)과 함께 ‘관동 7대 클럽’ 중 하나다. 필자는 집에서 가깝고, 친구들이 회원으로 가입되어 있어 몇 번이나 방문한 적이 있는 골프장이다.

戦前、戦後で表情を変えた鷹之台カンツリー倶楽部のあゆみ

鷹之台カンツリー倶楽部には2つの歴史があると言われている。その一つが戦前である1932(昭和7)年に開場した「鷹之台ゴルフ倶楽部」である。

日商岩井の前身である鈴木商店の清木一男氏、太陽曹達の後藤半七郎氏、益子四朗氏の3氏が、「日本のゴルフというものはアメリカから入ってきたゴルフで、本場英国式のゴルフ場がないのでぜひ英国式のゴルフ場をつくりたい」という想いから、東京麹町の大地主である伴田六郎氏に相談を持ちかけたところからはじまった。

設計は鈴木商店の清木一男氏が担当し、18ホール、6720ヤード、パー72の自然の素朴さを生かした英国インランドコース(内陸コース)の趣を備えたコースであった。しかしまもなくすると、日本のゴルフ会に暗い影を落とす戦争がはじまった。他のゴルフ場もそうであったように、鷹之台ゴルフ倶楽部も1945(昭和20)年に閉鎖へ追い込まれ、わずか13年の短い歴史を閉じた。同じ年、霞ヶ関に続いて川奈富士コースが米軍の手によって再開してもいた。1949(昭和24)年には、那須・鳴尾・古賀・廣野・旧軽井沢など戦前からのコースも再開を果たしたことから、鷹之台再開への気運が高まってきたのは1952(昭和27)年夏のこと。メンバーだった有志たちが集って、再開設立実行委員会を発足させて、それから2年後に新たに生まれ変わった、現在の鷹之台カンツリー倶楽部が誕生した。コース設計は斯界の第一人者といわれた井上誠一氏が担当した。コースは平坦だが距離が長く、大きな樹木に囲まれていながら広いので圧迫感がなく、美しいフェアウェーのゴルフ場と評される鷹之台は、本格的な日本のチャンピオンコースとして認定を受けた。その後は日本オープンゴルフ選手権、関東オープン、全日本女子ゴルフ選手権、読売プロゴルフ選手権など数々の名トーナメントが開催され、この地で名勝負が繰り広げられている。

전쟁 전과 전쟁 후의 모습을 바꾼 타카노다이 칸트리 클럽의 변천사

타카노다이 컨트리의 전신은 1932년(쇼와 7년)에 개장한 ‘타카노다이 골프 클럽’이다. 일본 산업계의거물인 닛쇼이와이의 전신인 스즈키상점(鈴木商店) 키요키 이치오(清木一男), 다이요시(太陽曹達) 고토 반시로(後藤半七郎), 마스코 시로(益子四朗)씨 등 3명이 “일본의 골프는 미국에서 들어온 골프로본고장인 영국식 골프장이 없으니 영국식 골프장을 만들고 싶다”는 생각에 도쿄 코지마치(東京麹町)의대지주로 반다 로쿠로(伴田六郎)씨에게 상담을 요청한 것이 시작이었다.

설계는 스즈키 상점의 키요키 이치오(清木一男)가 담당했으며, 18홀, 6720야드, 파72의 소박한 자연을살린 영국 인랜드 코스(내륙 코스)의 정취를 갖춘 코스로 만들어졌다. 그 후 전쟁이 시작되면서 1945년(쇼와 20) 폐쇄로 이어져 13년의 짧은 역사를 마감했고, 1952년(쇼와 27) 여름에 회원들이 재개설 실행위원회를 발족해 2년 후 타카노다이 칸트리의 역사가 시작되었다. 코스 설계는 이 분야의 권위자인이노우에 세이이치(井上誠一)가 맡았다. 코스는 평탄하지만 거리가 길고, 큰 나무에 둘러싸여 있으면서도 넓어 답답하지 않고, 페어웨이가 아름다운 골프장으로 평가받는 타카노다이 골프장은 본격적인 일본챔피언 코스로 인정받았다. 이후 일본 오픈 골프 선수권대회, 관동 오픈, 전일본 여자 골프 선수권대회, 요미우리 프로 골프 선수권대회 등 수많은 명문 대회가 개최되어 명승부가 펼쳐지는 명문 코스이다.

ゴルフおやじ38のプレイ日記

大雪警報で延期になった時のリベンジとして訪れた当日、また天気予報では午後から雨の予報となっていた。しかし、そこで小生の晴れ男ぶりをまたも発揮することになる。曇天の中でのスタートは10時過ぎであった。午後遅くからの雨予報もあったので、本当はもっと早くスタートを切りたいところだったが、この日はアウト、イン共に混雑をしていたため仕方がない。

プレイはレギュラーティーから。アウトコーススタート1番ホール(394ヤードPAR4)は4オン1パットのボギーで切り抜けた。続く2番(355ヤードPAR4)は、3オン1パットのパー、3番ショートではあわやホールインワンかと思わせる20センチに付けるOKバーディーだ。3ホールで3パット、久しぶりの高麗グリーンは小生に合っているようだった。前半を終えてみると、12パットの42回。後半はパーを5つ取りながらも43回。やはりダボを叩くようではダメなのだが、この冬空の下でのゴルフと考えれば上出来であったろう。

鷹之台はいつ来てもメンテナンスが100%の完成度である。特に冬場は最高の高麗グリーンが仕上がっている。メンテナンス、サービス、食事、コース環境、アクセス、どこを取っても申し分ないコースであると自信を持って言える。

一般的に名コースと称されるゴルフコースには、名門コースと名門高級コースがある。この2つは一体何が違うか? 小生が思うのは、名門コースとは長い歴史に培われ、会員第一主義、ゲストはあくまで会員の同伴者という位置付けでしかない。「お客様重視というよりは、ある一定の決まった型は崩さない」そんな頑固な信念を持ったゴルフ倶楽部ではないかと考える。レジャーでは無く、あくまでもそこは社交場なのである。

それに対して名門高級コースはメンバーを第一にしながらも、ゲストであるお客様に対するサービスも充実させている。そして時代と共に柔軟に変化してきたゴルフ倶楽部。つまりレジャーと社交場の2つの顔を揃えているのが、名門高級ゴルフ倶楽部だと考えている。どちらが良いとか悪いではなく、プレイをするシーンやメンバーなどに応じて、我々が使い分けていけば良いのだと思っている。ちなみに小生はどちらのゴルフ倶楽部も好きだ。

実は鷹之台は鉄鋼業界と総合商社の重鎮が集う「鉄鋼マスターズゴルフ大会」が開催されているゴルフ場である。鉄鋼メーカーと原料調達を担う総合商社が結束力を高める目的でスタートしたと言われる、鉄鋼マスターズゴルフは、かれこれ50年は続いている。まさに日本の歴史と共に歩みを進め、日本の産業界を支える人々のゴルフ人生と共にある。

鷹之台カンツリー倶楽部

千葉県千葉市花見川区横戸町1501番地

PAR 36 総ヤード数 7132Y コースレート 74.1

https://www.takanodaicc.or.jp/

38こと、宮本光広 書斎のゴルフ.com管理者。仕事で年間70ヶ所以上のコースをプレイ。北は北海道から南は沖縄まで巡り、観察&プレイをしている無類のゴルフ好きおやじである。アマチュア目線で見た、ゴルフ場雑観「ゴルフおやじ38のゴルフ場探訪記」を不定期投稿。カレーとトンカツの味にはうるさいカレー&トンカツ、マニアでもある。

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