『彼方への挑戦』
松山英樹 著 徳間書店
2021年マスターズの後に出版されたこの本、『彼方への挑戦』には、“夢の彼方”に歩み出した松山英樹でも、様々な苦難があったことが語られています。ゴルフの天与の才を授かったような男の発展途上の告白やリアルストーリーは新鮮に伝わってきます。
松山の世界への挑戦は、不調で期待していなかった2010年のアジアアマチュア選手権で優勝し、マスターズ出題を果たした2011年から始まります。
その年、東北福祉大学でのオーストラリア合宿遠征のときに東日本大震災が起きたのです。マスターズはほぼ一月先に開催されるわけで、出場はあきらめざるをえない境地にあったようです。しかし、たくさんの激励の手紙やファックスが届き、周りの助けもあって出場を決意したと書かれています。

渡米のとき、激励の手紙を束ねカバンに詰めてアメリカへ旅立ち、総合27位、ローアマチュア表彰を受けました。困難を克服するドラマのように、ゴルフに導かれたようです。なお、この試合で石川遼は20位の成績を収めています。
その松山の幼少の頃は、父親からスパルタ的にゴルフ指導されたようです。そのなかで、単にスコアという数字ではなく内容を問われたと強調しています。
《プロゴルフは結果が問われる世界だが、成長段階にあるアマチュア、とくにジュニアゴルファーはスコアカードにある数字だけで、あるいはほかの選手との打数の違いだけで評価されるべきではない。子どもを結果だけで頭ごなしに怒る大人は、彼ら、彼女たちの成長を止めてしまう。(54頁)》
そしてジュニア育成から世界へ向かう心構えは、スポーツの世界展望を示すものです。
《指導を受ける側のゴルファーも、早い時期から一打への自分の意図、プロセスをはっきりと説明できるように練習から取り組んでほしい。主張をしないまま誰かに怒られるばかりでは、ステップアップは見込めない。(54頁)》
このことは、大人のゴルファーにも当てはまりそうです。アマチュアであっても「漫然と練習するのではなく、一打一打に意思を込めるように」と、諭されているようです。そして、ゴルフ国際化への意識が明快に示されます。
《何をどう考えたかを口にするのは、はっきりと自己主張をする欧米の社会でやり抜くことにも、いずれつながるかもしれない。(54頁)》
そして、アメリカに渡り、世界的プレーヤーの一員になって、トップ選手たちの出身スポーツや生活信条に触れたようです。
《PGAツアーでは、少年時代に僕のように「ゴルフだけをやってきた」という選手がほとんどいない。(中略)ツアーの顔の一人であるジョーダン・スピースは、学生時代に左投手としてならし、リッキー・ファウラーはモトクロスに打ち込んでいた。ダスティン・ジョンソンはバスケットボールが得意で、2019年に全米オープンで優勝したゲーリー・ウッドランドに至っては、大学時代にNBAに進むチャンスもありながら、選手寿命が長いゴルフを選んだという。(160頁)》
松山自身は、ゴルフが最初のスポーツで野球が好きとコメントしています。力強く上に伸びた身体から、もし野球に打ち込んでいたら、大リーグに向かったかもしれないと思わせる魅力があります。
さて、「本場の洗礼」の項では、欧米のプロたちのフェアプレーの精神とその具体的な表現に戸惑うこともあったのですが、これも強靭さへの道であったといえるでしょう。
《2014年3月には、フロリダでのWGCキャデラック選手権でも〝事件〟があった。パットを外した瞬間、悔しさのあまり思わず振り下ろしたパターで、グリーンに痕をつけてしまったらしい。気づかずに、その凹みを直さないまま次のホールに向かうと、後ろの組のイアン・ボールターに試合後に怒られた。その晩、彼のツイッターに〈Idiot(馬鹿者)〉と投稿された。(155頁)》
これに対し、本当に傷つけたとは思ってはいないけど、そうみられたことを反省し、翌朝、ボールターと彼と同組だった二人の選手にも謝罪したとのことです。
《ゴルフには、「自分が審判」という要素がある。ルールの解釈やトラブル時のボールの処置などについては、選手同士で見解の違いからせめぎ合いもある。正当性をどう主張し、批判に対しても、どういう態度をとるのかが、アメリカではいつも問われている。(156頁)》
ゴルフでは、現場にいる審判の目が届かない場面が映像としての視聴者に届きます。そこで疑わしきことがあれば、通報され、罰則適用になることがあります。まさにプレーヤー自身が審判でなければならないとなります。
他の選手をストレートに批判する言動は、日本の精神文化からは起きにくいことです。しかし、欧米のフェアプレー精神とは、自分にも相手にもルール遵守を求めていることが分かります。
そして次は松山の切磋琢磨の事例です。マスターズでの優勝スピーチを英語で行わなかったことをジャック・ニクラスは批判したと伝えられています。
そこで、松山はニクラスの言葉に応えるかのように、マスターズ前のチャンピオンズディナーではメモを見ずに3分間のスピーチをこなしたそうです。
これに対しニクラスは、和風ディナーとともにスピーチを賞賛したとのこと。松山は1月からスピーチの練習をしていたようで、人前で披露するまで、3カ月を要したことになります。
見習うべきは、改善すべきことを伝え、それができたら努力を認め、誉め讃えたゴルフ界の御意見番ともいえるニクラスの度量です。これこそが、開拓精神=パイオニアスピリットが息づく米国らしさかもしれません。
一事が万事とすれば、対象が何であれ全力を尽くす松山の集中力は、これからさらに充実してくるだろうと期待が高まります。
次のことに、松山英樹の“彼方への挑戦”がより高いステージに移ることが暗示されるようです。
《ゴルフがうまくなる方法は何ですか。そう聞かれて、答えを一つ挙げるならば、「自分自身を知ること」そう僕は言うだろう。(222頁)》
そして、《良い選手、好調なゴルファーほど、自分の状態や動きをよく知っている。(223頁)》とつなげ、たくさんのアマチュアゴルファーへのヒントを与えてくれているかのようです。***
文/柴山茂伸(書斎のゴルフ編集部スタッフ)