『心配事の9割は起こらない』
枡野俊明(ますの・しゅんみょう)著 三笠書房

本の題名「心配事の9割は起こらない」は禅僧で大学教授、そして庭園デザイナーが書いた人生の指南書です。いわゆるゴルフ本ではありませんが、全般に渡って〝ゴルフの現場〟によくマッチする内容で、私にとってはそこがとても面白いのです。
《「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というではないですか。これは、幽霊と恐れていたものが、なんのことはない、ただの枯れススキだった、ということですが、心にわだかまったり、心を落ち込ませたりしているものも、実はそれと同じ。客観的に見れば、「なんでもないこと」に振り回されてしまっていることが多い、というのも、やっぱり本当のことなのです。(4頁)》
ゴルフコースに〝お化け〟の設定はありませんが、アウトオブバウンズ(通称OB)、バンカー、池や水路などのペナルティーエリアに過剰反応してしまうことへの警鐘とも受け取れます。自分の腕前からミスしたときを思い描いてショットの選択をするのですが、〝普通のお化け〟を〝巨大なお化け〟に見てしまいがちということです。
《本書に「心配事の9割は起こらない」というタイトルを付けたのは、みなさんにそのことを知ってほしいからです。(4頁)》
ゴルフコースでは、「心配事の9割は〝起こる〟」と言い換えたくなることがあります。しかし、読み進めれば、心にたおやかな適応力ができて、気持ちが安らいでくるのが分かるはずです。
《「喫茶喫飯(きつさきつぱん)」という禅語は、余計なことを考えず、お茶をいただくときにはお茶を飲むことだけに集中して、ご飯をいただくときにはご飯を食べることに集中しなさい、という教えです。(5頁)》と説きます。そして、次に展開します。
《一見、「あたりまえ」のことですが、その「あたりまえ」のことを大切に、丁寧に実践することで、「いま」「ここ」だけに集中する。そうすることで、余計な不安や悩みを抱えないように、心が整っていくのです。(6頁)》
これは、目の前のボールを打つことに集中する、と言い換えられます。「OBになったらどうしよう」などとは考えないということです。
《さあ、心配事の〝先取り〟などせず、「いま」「ここ」だけに集中しましょう。(6頁)》と勇気づけてくれます。
しかし、そうは言ってもダメなイメージが少しでも脳裏をかすめると、体がこわばってしまう、ということはよくあります。
〝妄想〟しない 禅が教える「比べない生き方」で、「莫妄想(まくもうそう)=「妄想するなかれ」という禅語について触れています。一般には、ありもしないことを想像することですが、禅では、《心を縛るもの、心に棲みついて離れないものは、すべて「妄想」です。(14頁)》
「禅の教えがゴルフに役立ちそうなことは分かる。しかし、そうそう簡単にはマイナスイメージを取り払えない。」と思いがちです。それでも「妄想するなかれ」と唱えることにしましょう。
一番イヤなOBやロストボールは〝前進4打〟でほとんどの場合、対処できます。1打目のドライバーを打った後の2打地点でOBやロストと分かっても、それらのペナルティはわずか一つです。それに、打ち直し相当の1打が足されるだけです。
《なにかにつけて、他人をうらやむ気持ちや自分を嘆く思いが、ムクムクと頭をもたげてきて、そのことに心がとらわれてしまうのです。(16頁)》
《「比較」することに、なにか意味があるでしょうか。「悟(さと)れば好悪(こうお)無(な)し」という禅語があります。人間関係に引き寄せてそのため意味をいえば、他の人がどうであろうと、あるがままを認めたら、好きとか嫌いとか(自分に比べて相手が上とか下とか・・)といった感情に流されることはない、ということでしょう。(16ー17頁)》
ゴルフの醍醐味の一つは他のプレーヤーとの競い合いです。禅では、比較は無意味と教えます。しかし、「適度な競争心は健全」なはずで、禅でもこれを否定するものではなく、比較して差別感にとらわれるものではないと説いているのでしょう。
《日本における宗洞宗の開祖・道元禅師も、「他(た)は是(こ)れ吾(われ)にあらず」といっています。(中略)禅ではどんなものも、どんな人も、他とは比べようがない「絶対」の存在とします。(17頁)》
同じ組のプレーヤーたちは他人ゆえ、比べようがない、と念ずるのです。そして、次がこの本の結論にもなっています。
《比較することをやめたら、そう、妄想の九割は消えてなくなります。心はずっと軽くなります。生きるのがずっとラクになります。(17頁)》
《「あるがまま」でいる 「どうにもならないこと」に心を注がない(32頁)》
ゴルフでひんぱんに出てくる「あるがまま」に「打つ」ことと通じあって響きます。どんなイヤな場所にボールが行ってしまっても、これが定めであると慌てず、悩まず、対処法を講じれば済むと割り切れるかどうかです。
《仏教では、私たちはみずからの力によって生きているのではなく、自分を超えた大いなる存在(大宇宙の真理とか仏性とか・・)によって生かされている、と考えるのもそこに理由があるのです。(33頁)》
ゴルフからは大きく飛躍した考えでしょうが、広大な自然の〝大宇宙〟に飛び出し、いずこかに転がるボールを理解するには、自分がそのなかに溶け込んでゆく境地になっているかと問いかけられているようです。
《自分ではどうにもならないことを受け入れたら、その状況と「共存」できるようになります。あるがまま、そのままの自分がいまできることに向き合えるようになる。(35頁)》
ボールの置かれた状況と〝共存〟するという概念につながります。
《どうにもならないことに、とらわれることがなくなって、「どうにかなる」ことに前向きの心で取り組めるのです。(35頁)》
《中国古典だったと思いますが、「一日一止(いちにちいつし)という言葉もあります。「一止」という字を見てください。一日に一回、止まって自分を省みることは「正しい」ことだというわけです。」(58頁)》
《前を走り続けている同僚や友人の背中を見ながら、自分の歩を止めるのは不安なことかもしれません。しかし、禅も中国古典も「大丈夫だ」と請け合っています。安心して止まって、さまざまなことを「考える時間」をつくってください。(58頁)》
ゴルフの現場では、自分だけが情けないショットの連続で、前を歩くパートナーたちに気おくれしている自分がいることがあるかもしれません。しかし、それでいいんだ、大丈夫だと言ってくれるのです。
《感情に逆らわない それが、なにものにもとらわれない姿(84頁)》
ゴルフのプレーが推移するなかで、喜怒哀楽はボールの行方によって、瞬時に生まれ出るといえます。ここで、著者は、次を授けてくれます。
《喜怒哀楽という感情は、人間らしさそのものですから、湧き上がってくるのに任せておけばいいのですが、それをなんとかしようとするから、跳ね返してやろうと考えるから、いつまでもそこから離れられなくなるのです。(86頁)》
あるがまま受け入れる。ことの大事さが繰り返されています。
《「雲無心(くもむしん)にして、岫(しゆう)を出(い)ず」という禅語があります。文字どおり、雲はなにものにもとらわれず、風が吹くままに形を変え、いざなうままに動いていきながら、雲であるという本分を失うことはない、という意味。(85頁)》
自分のゴルフを雲に置き換えてみなさい、とはいえません。しかし、ゴルフ場の空に浮かぶ雲は、擬人化すればあなたを見下ろしています。
《そのときどきの思いや感情に「動かされない」でいようとする必要はありません。浮かぶに任せ、消えるに任せ、です。(87頁)》
「雲たちが応援している」と勝手に思い込んでも、だれの迷惑にもなりません。
《ものごとには、すべて、力づくではどうにもならない「流れ」というものがあります。流れに任せる。水は岩があればそれに争うことなく、わずかに方向を変えて行き過ぎます。(134頁)》
《「流れに任せるっていうと、聞こえはいいけど、結局のところ、確固とした自分がないってことじゃないのか?」(134-135頁)》
《そう思いますか?流れに任せるというのは、ただ流されるままになることとは違います。流れの方向を見定め、速さも読み切って、そのうえで、むやみに流れに逆らわず、みずから、すなわち、〝確固たる自分〟として流れとともにゆく。任せるとはそういうことだと思います。(135頁)》
《「柔軟心」という禅語があります。やわらかい心、しなやかな心で生きなさい、と教えています。(135頁)》
ゴルフを楽しみたい友人たちは、だれもが「余裕をもって柔軟に楽しみたい」ものです。
《こんな禅語があります。「花に逢えば花を打(た)し、月に逢えば月を打す」(170頁)》
ゴルフ場には、このような情景が随所に現れます。
《花に逢ったときはその花をしみじみと味わい、月に逢ったらその月を感じるままに味わう、というのがその意味です。(170頁)》
「自然など感じる余裕はなかった。」という正直なコメントが聞こえてきそうです。しかし、ここでは、草木、空雲、風、鳥虫の声などに感覚を向けるようにすれば、プレーに余裕が生まれるということです。
《つまり、余計なことは考えず、心を空っぽにして、体も心も自然に委ねなさい、ということですね。(170頁)》*** 文/柴山茂伸(書斎のゴルフ編集部スタッフ)
新連載「ゴルフは本でうまくなるか」(隔週)
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- ゴルフは本でうまくなるか〈19〉(2023年1月2日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈20〉(2023年1月16日)
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- ゴルフは本でうまくなるか〈19ー27話ダイジェスト版〉
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