ゴルフは本でうまくなるか〈17〉(2022年11月21日)

『好転力 心をシンプルにすればうまくいく』

服部道子 著  世界文化ブックス(2021年刊)

毎年のように新人プロゴルファーが活躍しています。いずれも若年層から始めて二十歳頃に頂点に立つのですから見事です。その走りともいえるのが服部道子でしょう。アメリカ留学から、プロに転じて通算18勝、家庭をもって、2020東京オリンピックではゴルフ日本代表女子コーチを務めています。

この本『好転力』では、“好転した実体験”を余すことなく描写しています。

《ゴルフは綺麗に振ったり、どれだけ飛ばすかは問題ではなく、いかにスコアが少ないかを競うスポーツなので、もちろん中部さんのような美しいスイングへの憧れはありましたが、真似をして失敗してからは、格好はあまり気にならなくなりました。(66頁)》

日本で最も美しいといわれた中部銀次郎さんに憧れて、フラットでオンプレーンなスイングに変えようとしたけど、長い手が余ってしまい、感覚とタイミングが合わなかったそうです。軽く振っているようで飛ぶプロの流麗なスイングを見れば、憧れるものです。それに対し、「形は問題でない」と言い切った言葉は、座右に置くものでしょう。

《そしてこの経験から私は、練習をたくさんしないとできないことは、自分に合っていないのだと判断するようにしました。やはりここ一番の大切なときに、無理に直したスイングは、そうした〝無理〟が出てしまうのです。(66ー67頁)》

ゴルフにのめり込むのは、上手くいかないから、何とかなるように練習に励んでいくことです。「自分に合っていない」と割り切る考えは実用的ですが、アマチュアレベルでは、どんなことでも取り敢えず試したら、新発見があるかもしれません。

《さらに私は、あるとき気が付いたのです。個性的なスイングの選手は、あまり怪我をしていないということに。人によって身体の柔軟性や関節の曲がり方は違いますが、それを無理に矯正していないからでしょう。日本人で初めてメジャー優勝した大レジェンド、樋口久子さんや横峯さくらさんなどがそうです。(67頁)》

このような話を聞くと、アマチュアの自己流もいいのかと考えがちですが、プロの場合は、基本が出来上がっての個性的スイングと理解しなければなりません。

《ただ、注意しなくはいけないのは、その人の癖や特徴はアドバンテージになる一方で、許容範囲を超えると、信じられないミスやスランプを引き起こすこともあるということです。癖は放っておくと、徐々にその傾向が強くなるので、それをしっかり理解し、今ある自分の状態を把握することがとても大切だと思います。(67頁)》

《それから、何事も柔軟に元に戻せる自分を持っていることも重要です。私は人のアドバイスを積極的に〝聞きたい〟タイプで、元に戻すことに躊躇がなく、試合直前にコーチに何を言われても全く気になりませんでした。試してダメだったら、良い意味ですぐに手放すことができるということは、ある種の強みだと思います。(68頁)》

人の話しを聞けば、しゃべった相手は喜ぶことが多いでしょう。だから聞き上手には、もっと教えたがるものです。しかし、それにこだわらず、マイペースぶりがいいですね。

次は、とっておきのレッスン方法紹介です。本人が自分の体力不足からハードな練習ができずにいたときに、たどり着いたそうです。

《具体的には、「30ヤードのアプローチ」を基本とした練習をとにかくひたすら繰り返しました。大きなスイングの練習と比べると、体力の影響が少ないこのような練習は「体力コンプレックス」のあった私に向いていました。(71ー72頁)》

その人にあったスイングと練習方法があるとしながらも、30ヤードアプローチ練習はだれにも効果があると勧めています。

《このインパクトゾーンに集中した練習は、ゴルフの基礎が詰まった練習でもあるからです。体幹を維持し、常に安定したリズムで打てないと、フルショットはごまかせても、中途半端な距離の30ヤードではごまかしが利きません。(72頁)》

「ボールが手に乗っかっているような感覚」がつかめるまで練習するとの説明です。具体的には次です。

《時には右手だけ、時には左手だけと片手で打つことも効果的だと思います。片手だと不安定なので、より身体でボールを打たないとミスにつながるからです。(72頁)》

さらに続きます。

《もちろん、大きいスイングの練習も必要ですが、長い距離はこの基本の「30ヤードのアプローチ」の延長だと思うので、基本がしっかりできていれば、長いショットもよくなると思います。(72ー73頁)》

大学を卒業するまでは月1回ぐらいのコースラウンドであったが、それでもプロでやれたのは、30ヤードアプローチを繰り返した結果としています。

さて、服部選手が、本気のプロたちとは姿勢や集中力が全く違うと感じていた頃に、プロ野球三冠王3度の落合博満さんから、教えを乞うたそうです。今の表情では勝てない、「一番苦手なことを続けなさい」と言われ、苦手な走りを続けた結果、3週間後に優勝を勝ち取ることになりました。

《それからは負け方も変わりました。以前は「運がなかった」で済ませていたことについて、足りなかった課題が明確に見えるようになりました。「これが我慢というものか」という言い訳がましい受け止め方から、「ここを修正したい」と建設的に考えるように変わったのです。同じ失敗でも中途半端にやっていたらショックで終わりますが、真剣に向き合えば実りになります。(99頁)》

これがこの本の主題の好転力の典型的な事例のようです。考え方を変えて、物事が好転する。ゴルフで得た流儀が人生でも役立つ顕著なメリットです。

《ゴルフは相手が人であり、自然でもあります。たとえ良いショットを打ったとしても、いつも良いライなんてことはあり得ません。だからそれ以降は、あえてディボット(ショットの際に削れてしまった芝)や土の上、芝の薄いところなどの悪条件の場所から打つなど、イレギュラーな条件を想定した練習方法を積極的に取り入れるようにしました。すると試合で似たような状況に陥っても、打ち方のイメージがすんなり湧くので、平常心でいられるようになったのです。(99頁)》

ゴルフの練習場で見ていると、フルスイングで気持ちよく打っている方を多く見かけます。たまには、練習マットのくぼみや穴をディボットと想定し、そこにボールを置いて、打ちづらくして練習すれば実践に役立つということです。

《なぜかいつも勝っている、という人がいます。そういう人の共通点があるとすれば、穏やかで、余裕があること。立ち姿や所作が落ち着いていて、挨拶をしなくても遠くから見ただけで、存在感が際立っています。落ち着いて、どんなトラブルにも臨機応変に対処でき、物事を好転させる術(すべ)を持っています。そういうオーラを持った人は、戦う前から強いと思います。(125ー126頁)》

一般のゴルファーがオーラを放つことは難しいでしょうが、“穏やか、落ち着き”をテーマに気配りすれば、自己流の存在感が出てくるかもしれません。

《個人競技で長時間の戦いということも関係するのかもしれませんが、威圧感を前面に出すタイプの選手は、対戦相手としてはあまり気にはなりません。変に入れ込み過ぎていたり、自分への期待感が高過ぎたりすると、上手くいかなかったときの反動が大きく、メンタルの要素が大きいゴルフでは、最終的に崩れてしまうケースが多いからです。(126頁)》

アマチュアで威圧感を出しまくるタイプというのは、人のスイングや結果を都度論評する人かもしれません。「惜しかったね。行き過ぎちゃたね」などとは、言われたくないものです。

《プレーに時間を掛け過ぎる選手も同様で、そういう人は最終日に伸び悩むことが多いですね。時間を掛けるということは、迷いもあるし、その分、エネルギーも使っています。(126頁)》

初心の頃は、不安一杯で打つまでに不安と迷いで時間がかかった記憶がよみがえってきます。

《惜しかったプレーの感傷に浸るよりは、早く切り替えた方がいい。勝負どころは別として良いペースでリズムよくプレーしている方が、良い運も来るのです。最後までいかに余力を残しておけるか。それが大事な場面で集中できるか否かの差になります。(126頁)》

ゴルフを快適にプレーするために、思い切りの良さという言葉がよく使われます。「惜しかったプレーの感傷に浸らない」というのは、教訓です。時間を掛けて素振りを繰り返してスイングチェックをしても、特にアマチュアの場合、結果は変わらないか、悪くなってしまうことがあるものです。

《私も数々の悔しい思いをしましたが、そういうときは自信のなさを隠すために、虚勢を張ったりしていたものです。また、スイングの修正に取り組んでいるときなど、スイングに気を取られるあまり、テンポ良く打てなくなって勝てなかったり・・・。(127頁)》

《その一方で、勝った試合にもいろいろな勝ち方がありました。体調が悪くて無欲で勝った試合もありましたし、若さの勢いや、ライバルと切磋琢磨しながら勝てた試合もある。ストロークに自信があるときは、カップがバケツのように見えることもありました。(127頁)》

短いパットを外すようなダメなときは、カップが小さく見えるものです。そして、過去の失敗が浮かび上がります。実際にホールがバケツほど大きかったら、入るかどうかのスリルは減ってしまうでしょう。しかし、意図的に大きくイメージする方法はいいかもしれません。いつかバケツのように見える境地になってみたいものです。

《日本に戻り、特に悩んだのは挨拶です。アメリカではアイコンタクトをしてから挨拶をするのが常だったのですが、日本では違います。日本ではアイコンタクトがないまま挨拶することも多く、自分に対して挨拶していると気付かなかったり、そのため私は挨拶できずにいたり・・・(130頁)》

日本と海外でのゴルフの違いに慣れなければ、勝てないことは各事例が示す通りです。芝の違いや食事、そして日常に定着している文化的違いです。国際化を目指す日本は、スポーツ強化のために、文化人類学的アプローチが必要かもしれません

《私がプロになった当時は、様々な心理戦が展開されていました。勝負へのこだわりが強く、その気迫にはとても驚かされました。(131頁)》

これはアメリカから帰国して間もなくのことですから、アメリカでは、心理戦にあたるような妨害はなかったということでしょう。

《ショートパットのときや狭いホールで目の前に立っていたり、プレッシャーがかかったパットでは、カップの向こう側でゆらゆら身体を揺すったりされることがありました。いろいろな場面で強固な精神力が求められましたが、当時はそれで勝ってこそ本物という世界だったのです。(131頁)》

これは新人イジメでしょうが、プロの世界だから許容されたと理解することにします。ゴルフでは、自分が自分を裁くのですが、妨害行為に近いマナー違反は、何らかの罰則をつくってもよさそうです。

しかし、一方で、長く勝負の世界でやり抜くための精神力を求められるプロゴルフでは、適度な修行となったのかもしれません。アマチュアの世界でも、似たことはありますが、これは絶対ダメです。

《初めは私もアメリカとの文化の違いに戸惑いましたが、そのうち何度もやってくる相手にだけはやり返すようになっていました。そんなことを積み重ねていくうちに、何があっても動じなくなっていったのです。(131頁)》

かつて正当とみなされていた“報復”が必要な状況だといえます。物理的な反発はいけませんが、精神的にはお返しでもしないと、一方的になりかねません。言葉での揺さぶりもそうですが、相手をおもんばかって、気持ちよくプレーしたほうが、運気が上がるのではないでしょうか。

《まず身体作りが大切なポイントです。そう聞くと、敬遠したくなる人もいるかもしれませんが、1日15分で十分です。その15分で足腰のトレーニング(たとえばスクワット)と体幹トレーニング(たとえば腹筋、背筋)、それから肩甲骨を寄せたり回したり、肩を上げたり下げたりするストレッチをするだけで、ゴルフに重要な土台となる下半身と体幹を鍛え、捻転力や柔軟性をアップさせることが可能です。(133頁)》

《それらを実行することにより、肩こりが改善されたり、姿勢も良くなってきたり、お腹の引き締めやダイエット効果、新陳代謝、血流アップも得られるので、メリットはゴルフにだけではありません!(133ー134頁)》

これは簡単にできることです。実際にやってみると、確かに肩辺りがスッキリします。肩の力も抜けるので、コース現場で役立ちそうです。

《ショートパットが怖くなってしまった若い頃、岡本綾子さんに助言を受けました。「みっちゃん、そんなに考えちゃ、上手くいくものもいかないよ。ゴルフは忘れる能力も大事よ!」そう言われてハッとしました。(141ー142頁)》

《ゴルフはイメージのスポーツなのに、私は打ち方などを頭で考えてばかりいて、ぐちゃぐちゃになって気持ちが集中できないまま打てなくなっていたのです。そして大事な場面で急に、それまで全く頭になかった過去のミスパットがよぎったり、記憶に眠る悪いイメージが再生されたりしていました。(141ー142頁)》

プロがプロを見て、即効性ある助言ができる。場合によったら、教えた相手が自分を上回ってしまうことがあるかもしれません。それでも一般に教えたがる傾向はアマチュアに多いようです。この心は、教えても簡単には上手くならない、ということでしょうか。教える喜びや優越感もあるでしょうが、岡本プロのような適切アドバイスは稀有な例かもしれません。

《頭では分かっていても、なかなか悪いイメージを断ち切れず、身体が固まってストロークもリズムも崩れる悪循環。プロとして経験を積めば積むほど、悪いストックも増えていきます。純粋に目の前の一打に向かうことが重要なので、やはり構えてからはいいイメージを思い描き、身体と頭があまり固まらないうちに早めに打ちたいものです。(142頁)》

《悪いストック》とは言いえて妙で、この蓄積がゴルフのここ一番で、悪魔のように襲い掛かってきます。プロでも同じような状況があることは、アマチュアへの副音のように聞こえます。

《私は樋口さんが現役を終える前の数年間、一緒にプレーさせて頂きました。あるとき、「子供の頃、雨が降るとそれが唯一の休みになり、練習しなくても良かったので、ちょっと雨が好きだったんです」と樋口さんに言ったことがありました。すると樋口さんは間髪を入れず、「何を言っているの、道子ちゃん。私は大嫌いだったわよ」と言うのです。その理由を尋ねると、「だって私の地域は雨でも、他の人の地域は晴れていて一生懸命練習していると思うと、悔しいじゃない」と。さすが72勝だと思いました。(177頁)》

勝つ選手たちの名言の一つでしょう。

《私の話をすると、若い頃は短い距離のパットを〝お先する〟のは平気でしたが、そのうちに怖さが出てきて、慎重にマークしてから打つようになりました。でも不動さんは今でも簡単にお先します。そこでたまに外れるので、私が「一応ボールを置き直してから打った方がいいんじゃない?」と、通算50勝の人に生意気にも言ったりもしたのですが、「でも、そういうときはマークしても外れますよね」となんとも思ってない様子。恐怖心がないのは、持って生まれた性格なのでしょうか。(183頁)》

不動さんとは絶対的強さを誇った不動裕理です。まさに名前にたがわず不動の精神を持っていたようです。他にも大胆なエピソードが語られています。しかし、「生身の人間なんだから、3勤1休を守りなさい」との指導を受けながら、2003年に年間10勝したときも、周囲から休まなければもっと勝てるのにと言われてもこのペースを守ったそうです。

「お先に」で外すと「マークすればよかった」と肩を落とし、反省します。それが、どっちでもダメだったと断定する割り切りは、心地よさがあります。

《雨が嫌だと思ってしまうと、身体が縮こまったり、せかせかしたり、雨を避けようとプレーが速くなったりして、スコアが3つは違うと思います。私はそんなとき、開き直って傘に当たる雨の音に耳を澄ますようにしています。雨の音もいろいろなリズムがあり、それを聞いているとなんだか心が落ち着いてくるのです。(210頁)》

「嫌だ」と思った瞬間から、おかしくなりがちです。雨を楽しむ境地になるということですが、いきなりそこにいけなくとも、雨を観察する気持ちがあれば、余裕が生まれそうです。あとは、雨対策をしっかりとして慌てないようにすることが、アマチュアの心得のような気がします。

《私は27歳くらいから、調子は悪くないものの「勝てない2年間」がありました。ゴルフに対する新鮮味を失っていた時期であったと思います。どうすればいいか悩んでいたところ、以前からお世話になっていた方に、「一流のものに触れないとダメだ」と助言されました。(229頁)》

《外に出て、歌舞伎や狂言、相撲、絵画など、一流の本物に触れてみることにしたのです。すると、そこに存在する緊張感、厳しさ、真剣さを目の当たりにして、血が騒ぐような興奮が湧きおこりました。外の世界に目を向けたことで、ゴルフまで新鮮な気持ちで見られるようになったのです。(229頁)》

スポーツであれ仕事であれ、物事を極める真髄は似ているのでしょう。だから視点を変えてみる。アマチュアゴルファーにも役立つかもしれません。日本舞踊を見た友人によると、頭が動かず、滑るように移動しながら踊る姿は、ゴルフの上級技術に通じると感じたそうです。

《今日は未来から見た「あの頃」です。「あのときああすれば良かった」と振り返るか。「たくさん失敗しちゃったけど、いろいろやってみた」と思えるか。他の誰でもない、すべては今日のあなた自身の〝意志〟が決めるのです。(256頁)》

この本「好転力」は、ゴルフの明るい考え方を示す事例集のようです。勝負で極限的なせめぎ合いを経た選手たちが、難関をくぐり抜ける秘訣を言葉で残してくれたのです。それがいつか実践で役立つでしょう。***

文/柴山茂伸(書斎のゴルフ編集部スタッフ)

新連載「ゴルフは本でうまくなるか」(隔週)

PAGE TOP