
『競争の科学 賢く戦い、結果を出す』ポー・ブロンソン&アシュリー・メリーマン 著 |児島 修 訳 実務教育出版(2014年刊)
ゴルフは「競争である」と決めつけて構えると、“中途半端”がなくなるかもしれません。親睦や健康の効果を楽しむ一方で、〈ゴルフは競い合い〉と意識し、取り組んでみる効用がありそうです。この本「競争の科学」の副題「賢く戦い、結果を出す」から、ゴルフでめげないファイトが湧いてくることを期待します。
競争力は、「適応競争力」と「不適応競争力」に区別されると説いています。
《適応競争力を持つ人は、忍耐力と決意を持って問題に立ち向かうが、いかなるときもルールを尊重することを忘れない。(中略)この健全な競争力の真髄は、現時点の地位やランクを過度に気にせず、優れた存在になることを求めて絶えず努力することにある。人々に感銘を与える、偉大で英雄的なパフォーマンスを導くのは、適応競争力である。(24頁)》
これは、プロゴルファーに求められる基本精神といえるでしょう。同時に適応競争力は、アマチュアゴルファーにこそ必要といえそうです。一方で、競争力という言葉に悪い印象を与えているのは、さまざまな形の不適応競争力だと説明します。
《敗北も勝負のうちだと受け入れられず、周りが競争していないときでさえ競争しようとする。何事も自分が一番でなくては気がすまず、競争が終わった後も、他者と自分を比較するのをやめられない。(24頁)》
ゴルフで負けが込んで、終盤に“握り”の倍率を上げてくるようなケースに当てはまるのかもしれません。一方で、最後に勝負を賭けてくる人は、「勝負強い」とか「シブトイ」などと“ほめられる”ことが多いものです。しかし、このような状況は、「過剰な競争力」と見なされそうです。
《だが私たちは日々の暮らしの中で、この2つをはっきりと区別していない。だからこそ、私たちは勝負に挑むことを決断する前に、それが本当に重要なものなのか、単なる気晴らしに過ぎないのかを適切に判断しなければならない。(25頁)》
ゴルフの現場に潜むたくさんの勝負をどのように取捨選択するかは、ここで提唱される「適応競争力」にヒントがありそうです。
《古代ギリシヤは、競争を真に福福した最初の文化である。男性の訓練の場であったギュムナシオンは、ギリシア人にとって極めて重要なものであった。男たちはここに集い、それぞれの考えをぶつけあった。その手段は競争と挑戦であり、それを通じてアイデアは磨かれていった。(25頁)》
この精神が今日のオリンピックの原動力となったのでしょう。そうすると、ゴルフで必然的に生まれる競争と挑戦は、よき方法でどんどん行うべきといえそうです。
《男子プロゴルフのPGAツアーのデータは、賞金差が大きな大会になるほど、選手がそれに応じたプレーをすることを示している。──ショートホールでもドライバーでワンオンを狙い、パー5のホールでもレイアップで刻まずグリーンを狙おうとする。(86頁)》
たとえば、最終日に上位から一挙に圏外となるのは、“勝負に出たがうまくいかなかった”と想像できます。プロたちは高い目標に向けて、時に一か八かの勝負に駆り立てられる競争をしているといえます。
一方、女子ツアーのLPGAでは、女子選手はリスクを取らず、“リスクを避けて勝とうとする”傾向があるようです。しかし、上位の賞金獲得率を高めた結果、男子に近い傾向が表れたようですから男女差の断定はむずかしいところです。
《勝つためのプレーの特徴は、努力レベルの向上と、絶えざるリスクテイクだ。負けないためのプレーの特徴は、保守主義と、大損失の回避だ。だが強烈なプレッシャーの下では、ミスを避けようとする戦略がさらに多くのミスにつながることもある。これは負けないためのプレーのパラドックスである。(189頁)》
「怖がらずに攻める」ということでしょうが、一般レベルでは「安全第一」かもしれません。でもそれが、絶対的な安心にはならないで、手先がビクついてしまうのはよくあることです。
《ミスがミスを招く理由 誰もがミスをする。それでも、ミスから学び、前に進まなくてはならない。ミスを手なずけなければ、ミスに支配されてしまう。ミスから学べる人がいる一方で、ミスによって落ち込んでしまう人がいるのはなぜだろうか?伝染するかのように、次から次へと何人もが同じミスを繰り返すことがあるのはなぜだろうか?(200頁)》
《大きな勝負では、ライバルのミスを見ただけで、脳の電圧が変化することがある。脳はライバルのミスを自分のミスのように処理しようとする。優れた競争者はこのミラーリング効果を抑制できるが、それは極めて難しい。特にミスが友人やチームメイトのものである場合はそうだ。このときのミスはライバルだけではなく、チームメイトにまで伝染するのである。(203ー204頁)》
ゴルフの現場では、この防止のために人のスイングは見ない方がいいといわれることがあります。一方で相手のプレーをジックリと見て学ぶこともあります。
さて、スポーツでも有効とされるポジティブ思考は、1880年代の宗教的思想から始まったとのことです。神に近づき、神の意志を体現するためのものだった「積極的考え方の力」は、キリスト教の概念を世界に広めるためであったとのことです。
《競争とポジティブ思考 ポジティブ思考は、過去の過ちや失敗について考えないように助言する。また、将来に悪いことが起こると考えないように警告する。なぜなら、こうした否定的な考えは不安や恐怖を生むからだ。ネガティブな考えは、うまくいくと防衛型の思考を導くが、最悪の場合は絶えざるマイナス思考に脅かされることになる。(231頁)》
失敗が当たり前なゴルフでは、ポジティブ思考がいいと思えます。しかし、そうとは言い切れない状況があるという説明が続きます。
《競争では、ポジティブ思考がハンディキャップになることもある。一切のネガティブな考えを禁止することによって、ミスから学び、戦略を修正しながら前進するために必要な、過去のパフォーマンスについての批判的思考の価値が否定されてしまうからである。(232頁)》
前向きばかりのポジティブ思考への警鐘です。
《「自分は能力が高い」と言って自分を安心させることが、競争での良い結果を促すことを示す科学的根拠はほとんどない。多くの研究が、自分へのネガティブな語りかけが、良いパフォーマンスと結びつくことを示している。ミスをした自分を叱咤するアスリートの方が、オリンピックに出場する確率は高くなることもわかっている。逆に、自分は優れているということばかり言い聞かせている選手は、オリンピックに出場する可能性が低くなる。(233ー234頁)》
両方の思考がバランスよければベストなんでしょう。そして、“ポジ・ネガ論争”は、別の局面を迎えます。
《私たちが逆境から立ち直れるかどうかを決定する要因は、足し算の思考をするか、引き算の思考をするかなのである。重要なのは、「ポジティブ思考かネガティブ思考か」ではなく、「足し算の思考か引き算の思考か」なのだ。(236頁)》
《加算的反事実思考は、「あのとき、シュートを打っていたらどうなっていただろうか?」と考えることであり、減算的反事実思考は「あのとき、シュートをミスしていなかったらどうなっていただろうか?」と考えることである。(236ー237頁)》
《減算的反事実思考は、失敗やミスを後悔する。これに対し、加算的反事実思考は新しい戦略や選択肢に目を向けるので、同じ状況が再び起きたときに使える選択肢が増える。(237頁)》
聞きなれない用語が出てきます。ゴルフでいえば、池越えのショートカットを「失敗していなかったら」と考えるのが減算的で「トライしていたらどうなったか」が加算的ということです。そして、ビジネスも含め、「挑戦=トライしたらどうなったか」と加算的に考えた人が長期的にパフォーマンスを高めたと結論づけています。
《「もしこれが起きていたら、どうなっていただろうか」といくつものシナリオを思い浮かべることで、過信から生じる盲点の一部を避けられるようになる。そうすることで、起こりうる問題を予測でき、解決策が見つかるまで、シナリオを頭のなかで描き続けられる。(237頁)》
まさに「タラレバ思考」のメリットを強調するものです。そして、加算反事実思考は、ポジティブ思考や経験学習では活性化しない“脳の領域”を活性化させると説明しています。
《感情を怒りにシフトさせる 怒りについて話をするときは、〝特性としての怒り〟と〝状況的な怒り〟を区別しなければならない。前者は、絶えず怒りを感じているような傾向を指している。これは明らかに不健康な状態だと言える。だが状況的な怒りは、それとは大きく異なる。怒りの感情で問題に立ち向かう人は、人生満足度や幸福感などの尺度で測定する「心の知能指数」が高いことがわかっている。(244頁)》
この状況的な怒りとは、「目的が誰かによって不当に妨害されたと感じたときに生じる怒り」であると説明しています。ゴルフの最中に、不適切な言葉や動作での妨害に対する怒りがこの類であり、「コントロールされた怒り」となれば、集中力が増していい結果につながるということです。
《怒りは、ポジティブな力を持ったネガティブな感情だ。それは、私たちを前進させるための動機づけになるのである。(247頁)》
「第12章の競争者であるあなたへ」で、次の7つのメッセージが格言のように述べられています。
《競争では不確実を受け入れなければならない。私たちは直観的に、筋書のない戦いのサスペンスは、たとえ負けたとしても、予定調和な日常では得られない価値を与えてくれると信じている。(341頁)》
《勝つためのプレーでは、リスクをとり続けなければならず、負けないためにプレーするには、リスクをとるのをやめなければならない。弱者に勝利のわずかなチャンスを与えてくれるのは競争の不確実性であり、強者の過信は足元を掬(すく)われる隙をつくる。(341頁)》
《競争者は、状況の変化に備えなければならない。技能を高めるのと同じくらい、準備をすることが必要だと認識しなければならない。不確実性があるからこそ、心は活性化するのだ。(342頁)》
《競争を脅威ではなく挑戦としてとらえる方法を学ぶことは、競争の初期に感じる不安や恐れを克服するのに役立つ。時間の経過とともに、人間の心──そして身体さえもが──競争のストレスに慣れていく。(342頁)》
《人は経験を通じて、勝利と敗北はどちらも、成長や改善という長期的な目標のための一時的な結果にすぎないことを学ぶ。(342頁)》
《人々は、わずかな危険を体験することに喜びを感じるのである。私たちは、どれくらい危険なことができるのかを知りたいと考える。そして、次にはそれ以上、先に行きたいと考える。(343頁)》
《私たちは、だからこそ競争が好きなのだ。それは危険であり、私たちは自分を試したいと考える──自らの実力を、証明することを望むからだ。私たちは、不安を乗り越え、そのスリルを体験しようとするのである。(343頁)》
「競争の科学」の原題は「Top Dog」で「勝者」とか「支配者」を意味するようです。ちなみに、この反対は「Under Dog」で「負け犬」から「敗者」ですが、勝ち以上の声援を受けることがあります。「負けるが勝ち」という逆説もあって、ゴルフは勝っても負けても、いずれ劣らぬ価値が積み上がります。***
文/柴山茂伸(書斎のゴルフ編集部スタッフ)
新連載「ゴルフは本でうまくなるか」(隔週)
- ゴルフは本でうまくなるか〈1〉2022年4月11日
- ゴルフは本でうまくなるか〈2〉2022年4月25日
- ゴルフは本でうまくなるか〈3〉2022年5月9日
- ゴルフは本でうまくなるか〈4〉2022年5月23日
- ゴルフは本でうまくなるか〈5〉2022年6月6日
- ゴルフは本でうまくなるか〈6〉2022年6月20日
- ゴルフは本でうまくなるか〈7〉2022年7月4日
- ゴルフは本でうまくなるか〈8〉2022年7月18日
- ゴルフは本でうまくなるか〈9〉2022年8月1日
- ゴルフは本でうまくなるか〈10〉2022年8月15日
- ゴルフは本でうまくなるか〈11〉2022年8月29日
- ゴルフは本でうまくなるか〈12〉2022年9月12日
- ゴルフは本でうまくなるか〈13〉2022年9月26日
- ゴルフは本でうまくなるか〈14〉2022年10月10日
- ゴルフは本でうまくなるか〈15〉2022年10月24日
- ゴルフは本でうまくなるか〈16〉(2022年11月7日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈17〉(2022年11月21日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈18〉(2022年12月5日)
- ゴルフは本でうまくなるか 〈1ー18話ダイジェスト版〉
- ゴルフは本でうまくなるか〈19〉(2023年1月2日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈20〉(2023年1月16日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈21〉(2023年1月30日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈22〉(2023年2月13日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈23〉(2023年2月27日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈24〉(2023年3月13日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈25〉(2023年3月27日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈26〉(2023年4月10日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈27〉(2023年4月24日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈19ー27話ダイジェスト版〉
- ゴルフは本でうまくなるか〈28〉(2023年5月22日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈29〉(2023年6月5日)