『誰も書けなかった ジャンボ尾崎』金子柱憲 著 株式会社主婦の友社(2022年刊)
世に知られるビッグネームたちは、漫画化されても際立つ存在感があります。その一人である尾崎将司こと<ジャンボ尾崎>のマンガへの登場回数は群を抜いています。ときにアンチヒーローでありながら親しまれ、場を支配する貫禄は個性あふれるキャラクターということです。
この本「誰も書けなかったジャンボ尾崎」では、場面ごとの登場人物たちの言葉から、ジャンボがどう日本のゴルフシーンに影響を与え、盛り上げてきたかが分かります。
著者のプロゴルファー金子柱憲がジャンボ軍団に入った頃、シード選手になるのさえままならないなか、夢は何だと聞かれ、「私の夢はマスターズです」と答えたというのです。
するとジャンボは、《「マスターズかぁ、遠いなあ。でも夢というのは、あきらめずに追い続けていると、その思いが宇宙の果てに行って跳ね返って戻ってくるんだ。間に合えば叶うかもしれないぞ。間に合わなければお前の子供か、孫が叶えるかもな」と真顔で返してくれました。(70頁)》
その思いが‶宇宙に飛び出て″10年余りで「夢のマスターズ出場」が実現します。その間、練習に明け暮れ努力したのでしょう。その一部がジャンボ軍団独自の練習です。
《午後からは、ミニクラブとハゴミントン(ジャンボが考案した羽子板とバドミントンをミックスしたようなゲーム)を行い、最後に野球出身のジャンボならではの「地獄のノック」でトレーニングは終了です。地獄のノック──。これは今でも思い出したくないトレーニングです。約10メートルの幅を左右に振られながら一人5本連続でキャッチするまで延々と続きます。(55頁)》
ゴルフを集団練習で成果を上げはじめたジャンボ軍団では、細かい筋肉よりも大きな筋肉を使うことを重視する「運動力学」が重視されていたとのことです。そしてハゴミントンは著者が現役の頃からほとんど形を変えずに続いているそうです。
《このトレーニングは、①勝ち負けにこだわる、②面の使い方を覚える、③瞬時の判断力を養う。この3つが主な目的です。これはゴルフにとても繋がるものです。(57頁)》
ジャンボが試合で勝つために、身体的なトレーニングで工夫を重ね、さらにメンタルでの効果をも味方につけようとしたことが分かるエピソードがあります。
《ジャンボはマークに昭和55年の50円玉しか使わなかった。ゴーゴー(55)のゴー(50)だから。その50円玉、1回使ったらそれで終わり。(244頁)》
スタッフたちがこれを探すのに苦労したそうで、さらに驚くことがあったといいます。
《般若心経と不動明王のご真言を、宿舎からコースに向かう車の中で唱え続けていたこと。(245頁)》
強さを支えるために、運を鍛えそして利用し不動の強さを求めたのでしょう。そして、万策を尽くし、さらに天に願うような気持ちであったのかもしれません。
ジャンボの独自性は、すべて試合で勝つためのたゆまぬ研鑽の日々であったことが分かります。次は佐野木計至エースキャディのコメントです。
《「ジャンボのすごいところは、全部自分で工夫しながらやっていたことだよね。ジャンボのことを『習志野のエジソン』と呼んだ人がいたけど、メンタル面やトレーニング法なんかも考えてやっていた。何でも自分で作っていたし、あの手は、大工の親方の手だよね。」(246頁)》
‶その大工の手″が提携先のブリヂストンとの商品開発でJ’sドライバーを生み、ボール、スパイクレスシューズ、ウェア、キャップ、グローブの新製品につながったといいます。ジャンボの妥協を許さない姿勢が、その人気とあいまって大ヒット商品を生み出した経過は面白く読めます。
ブリヂストンスポーツの当時のプロ担当の田中徳一氏は述べています。《「ジャンボは口は悪いけど、気配りのできる人で、意地悪な人じゃなかったですね。それよりも、物事に対する執着心や探求心には、ただただ頭が下がる思いでした。私たちも一緒に仕事をする中でその思いを感じていたので、技術者も含め妥協を許すことはありませんでした」(276ー277頁)》
さて、投手と4番バッターで甲子園高校野球の優勝後、プロ野球に入ったのですから、パワーは十分。しかし、野球のチームワークよりは、個人競技の要素が強いゴルフが性に合っていたのでしょう。数年でゴルフに転じ、福岡から千葉県に拠点を移します。
《これからのゴルフ界もパワー優位の時代になっていくでしょう。ジャンボもそんな将来も見据えて、これからプロを目指す子供たちにも「体」の重要性を説いているのだと思います。「体・技」を連動させる中で、ジャンボはバットや重いクラブでの素振りを推奨しています。それは、持久力、スイングパワーの強化、体全体の使い方を同時に鍛錬できるからです。(119頁)》
《ジャンボは、「野球と比べるとゴルフ界は素振りの文化がない。ゴルフ選手はもっと素振りをするべき」と言っています。現在のPGAツアーに関しても、「そのまま野球選手になれるような体格の選手が出てきている。日本選手がアメリカで活躍するのは厳しい時代になってきた」とも語っています。(119頁)》
プロ野球からゴルフに転じて、成功する可能性は少ないものの、プロゴルファーがプロ野球選手になるケースはほぼゼロに近いといえます。それが、アメリカPGAツアーでは、プロ野球選手並みの素材がゴルフ界を席巻し始めたと感じているのです。
だから、プロ野球レベルの日本選手登場を願っているに違いありません。ジャンボがゴルフに転じたとき、次のように感じていたそうです。
《「ナンバー1になれることは、デビューしてからすぐに分かった。その理由は、スポーツ能力や器用さでは、他の選手には負けないと感じたから。何しろ、体が違いすぎた。だから体でねじ伏せてやると思っていたところもあるよな」(322頁)》
それで、ジャンボのスイング論です。
《よくレッスンなどで、打った球が悪くても、「今のは良いスイングだからしょうがない」という理屈を聞きますが、それはジャンボには当てはまりません。その人にとって良いスイングをすれば良い球が出て、良い球が出れば、それは本人にとって良いスイングなのです。(125頁)》
ジャンボの言う「良い球」とは、ジャストミートで目標方向にまっすぐ球を飛ばすことではなく、「自分の思った通りの球筋でボールをコントロールできること」と掘り下げています。
さらに、《「良い球が出るのが良いスイング」という言葉の原点は、「すべてのスイングは、体に記憶させなければ実践では使えない」ということ。(129頁)》としています。プロレベルのことでしょうが、アマチュアにも当てはまります。一般の悩みは、「正しく体に覚え込ませる」のは至難であることです。次に内面的な話しです。
《ジャンボは「いい意味で人を見下ろす(慢心)という精神状態は、最高の精神状態だよ」と言ったことがありました。(中略)「明日は慢心してプレーできるぐらいじゃないと。勝てないよ」と言われました(304頁)》
《ジャンボの言う慢心とは、誰にも負けない「勝負魂」を、どんな苦境の中でも持ち続けていなければならないということ。それをジャンボは「慢心」という言葉に変えて表現しているのでしょう。(309頁)》
《しかし、ジャンボの私生活やゴルフへの取り組み方を見ていると「慢心」とは程遠いことが分かります。逆に、慢心の対義語である「虚心」のほうが、正しいと言えるでしょう。(309頁)》
《この「慢心しろ」とか「相手を見下ろせ」という言葉はジャンボらしい表現だと思います。これは、ジャンボの経験で自身が身をもって感じた人の弱さを、跳ね返すために出てきた言葉なのでしょう。(310頁)》
そして、内面的な結論へと移ります。
《ジャンボは、よく「俺は小心者」だとか「トーナメントの1番ホールでは、俺もドキドキしている」などと言ったことがありますが、それを打ち消すために、あえて自分を追い込み、「負けてはいけない状況」を作り上げているのかもしれません。(310頁)》
トーナメントでは余計なプレッシャーを掛けないように、リーディングボードを見ない選手がいるようです。アマチュアでも、「スコアを気にしない」ということがあります。しかし、相手のスコアを知って、残りホールの難易度を考え、勝つために何をすればよいかを考えるべきと主張します。
《「自分のゴルフをして、それで負けたらしょうがない」などという言葉は、ジャンボの辞書にはないのです。そして「優勝を意識して負けるほうが真の勝負師」とは、これ以上ない経験の場で、自分の不足部分を発見し、さらなる向上につながるという意味です。(313頁)》
ジャンボ尾崎をウェブ検索すると、カラフルで奇抜なデザイン模様のウェアの出で立ちが見られます。それまでのゴルフへの考え方や慣習を打ち破ったといえるのでしょう。その斬新さに好きや嫌いの注目が集まり、ゴルフ市場が大きく上昇したことは功績として残るものです。
この本の原稿がまとまった頃、ジャンボと1時間限定の対談を行ったそうです。
《「物事にこだわったのは、私も普通の人間であり、楽しいことを求めるのは同じ。最初は歌とか音楽かな?(中略)でも、振り返ると5年くらいの周期で変わっている。要するに飽き性の正確でもあるんだよ。でも入り込んでる時は、亥年のせいか、わき目も振らず夢中になっちゃうんだよ」(322頁)》
作曲家の平尾昌晃が惚れ込んだというジャンボのソフトで伸びのある声は、リズム感よく届きます。かつて、「人前で歌って度胸をつける!」と強調していたことがあります。その中の「On the Green(1985年発売)」では、「・・熱い息を吹きかけ、大空へ舞う飛球、絡めピンにからめ、我が魂とともに・・」と歌い上げます。
そして、この対談は次の結びで完結します。
《「俺にとって、ゴルフとは、私を活かしてくれた大恩人であり、ゴルフの深さは果てしない。素晴らしいゴルフ人生、ゴルフの神様ありがとう。」(327頁)》***
文/柴山茂伸(書斎のゴルフ編集部スタッフ)
新連載「ゴルフは本でうまくなるか」(隔週)
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- ゴルフは本でうまくなるか〈3〉2022年5月9日
- ゴルフは本でうまくなるか〈4〉2022年5月23日
- ゴルフは本でうまくなるか〈5〉2022年6月6日
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- ゴルフは本でうまくなるか〈18〉(2022年12月5日)
- ゴルフは本でうまくなるか 〈1ー18話ダイジェスト版〉
- ゴルフは本でうまくなるか〈19〉(2023年1月2日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈20〉(2023年1月16日)
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- ゴルフは本でうまくなるか〈26〉(2023年4月10日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈27〉(2023年4月24日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈19ー27話ダイジェスト版〉
- ゴルフは本でうまくなるか〈28〉(2023年5月22日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈29〉(2023年6月5日)
- ゴルフは本でうまくなるか〈30〉(2023年6月19日)
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- ゴルフは本でうまくなるか〈28ー36話ダイジェスト版〉
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