『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』エドワード・ブルック=ヒッチング 著 片山 美佳子 訳 日 経ナショナル ジオグラフィック(2022年刊)
今の社会では遊びがたくさんありますが、かつての子供たちは、竹棒や木の枝を魔法の杖のよう使って遊んだものです。ゴルフの原型があちこちに生まれたのは、子供の遊びの心発展型といえそうです。これらが〝ゴルフ〟となって洗練され普及したのは、世界共通のルールができたからでしょう。
《「スポーツ」という意味は、「気晴らしをする、楽しませる、喜ぶ」を意味する古フランス語のデスポルテル(desporter)に由来する。ルールを定めるという考え方は比較的最近になって生じたものであり、何世紀もの間、スポーツとは体を使って楽しむ活動(特に狩り)を指していた。(16頁)》
この本「キツネ潰し」は、「現代の動物も医者も胸をなでおろす今ではありえない競技98種」と本の帯に書かれています。“動物も安心”と擬人化されています。その当時、あるいはその当時も、人間は自由きままな奔放さで活動していようです。
ここで紹介される「残酷・危険・ばかばかしい」と分類されるスポーツには“ゴルフ”が三つも入っていました。
《空中ゴルフ ゴルフコースには、危険がつきものだ。飛んできた打球が当たったり、雷に打たれたりするだけでなく、ワニに遭遇することもある。さらに、1920年代のゴルファーは、急降下してくる軽飛行機にも気をつけなければならなかった。(23頁)》
《1928年5月27日、米国のロングアイランドにあるオールド・ウエストベリー・ゴルフクラブで史上初の「空中ゴルフ」の公式戦が行われた。地上のプレーヤーと飛行機を操縦する上空のプレーヤーが二人一組となり、上空のプレーヤーがグリーンをめがけて〝第1打〟を落とし、地上のプレーヤーがカップインさせるのだ。(23頁)》
この方法は、《コースの上空に到着すると地上15メートルまで急降下して、9つのグリーンそれぞれのカップめがけてボールを落とした。(23頁)》使われたゴルフボールは、天然樹脂のガッタパーチャ製とのことです。
この2カ月後には別の試合があり、3年後の1931年、大リーグのスター選手タイ・カップが単葉機の客席からゴルフボールを投げたそうです。
さらに、空中ゴルフ以前に「飛行機ゴルフ」という別のスポーツがあったそうです。
《1918年、米国テキサス州で、全長290キロメートルの〝航空ゴルフ場〟を舞台に試合が行われている。9カ所の牧草地に〝カップ〟と称して郵便ポストが立てられた。コール飛行場から離陸した出場選手は、方位系だけを頼りに各ホールの〝グリーン〟の場所を探し当てなければならない。発見したら着陸し、名前と着陸時刻を書いた紙を郵便ポストに入れて再び離陸し、次のホールのポストを探すのだ。(24頁)》
世界中でさまざまな種類の空中ゴルフが行われていたそうで、ボールに小さなパラシュートをつけて競技が行われたこともあったというのです。また、英国では女性も参加し、飛行機から地上の標的に小麦粉を詰めた袋を落とすという・・なんでもありの空中ゴルフだったようです。
しかし、第2次世界大戦があって、それどころではなくなってしまったそうで、平和は、人間を創造的にするということでしょうか。あるいは、人間とは、‶暇つぶしが得意な動物”といえなくもありません。今後、ドローンを使ったゴルフができるのでしょうか。
《アーチェリーゴルフ ゴルフでミスショットをしたとき、「ファー」と叫ぶのは他人への警告だが、このスポーツの場合は叫んだところで手遅れだろう。「アーチェリーゴルフ」は、ゴルファーと射手が同じコースで対戦する危険極まりないスポーツだった。(69頁)》
1920年代の米国で始まり、プレーヤーは4人限定で、ゴルファーと対戦するときは、射手に10打のハンディキャップをつけることが多かったとのこと。缶の上にテニスボール、小皿サイズの円盤などを木のスタンドに取り付けて〝カップ〟にしたとのことです。
《アーチェリーゴルフは愛好者が多く、新しいゴルフコースがオープンした際の宣伝によく利用された。1958年には、フロリダ州のサラソータで行われたミスフロリダ・コンテストでも開催された。(70頁)》
ゴルフの事故防止で強調されるのは「打者の前に出るな」です。アーチェリーと一緒なら、‶前に出る人″はいないでしょう。また、隣のホールから矢が飛んでくる可能性は低そうですが、どうだったんでしょうか。
《アーチェリーゴルフの試合は1970年末まで開催されていたが、英国安全衛生庁がプレーヤーに矢が刺さる可能性を指摘し、禁止に至った。(71頁)》
次は「暗闇のゴルフ」です。ナイトゴルフを思い付いたのは、ゴルフマニアだったピーター・テイト自然哲学教授で、日本の明治初期の頃の話です。
《暗闇のゴルフ 1871年、セントアンドリュースでのある夜のことだ。テイトは夕食の招待客たちに、暗闇でもできるナイトゴルフをしないかと提案した。(234頁)》
《独自に調合した、リン光を発するペンキを塗ったボールを使い、夜でもボールの行方が見えるようにしたとテイトが説明すると、面白いアイデアだと思ったゲストたちはプレーに同意し、暗闇のなか、近くのゴルフコースに出かけた。(234頁)》
この出だしは好調でボールが光を放ち、位置を知らせてくれ、ナイスショットが続いたようです。しかし、終盤になってボールに塗ってあった化学物質が自然発火して一人が手にやけどを負ってしまう。そこでお開きとなったようです。
先達の意志は、現代になって実現したといえます。ナイター施設がある一般のゴルフ場やショートコースがあります。普通のゴルフボールが使えるうえ、光るゴルフボールがあるので、昼の暑さを避け、暗闇ならではの雰囲気が楽しめるようになっています。
《コードボール ゴルフとサッカーを組み合わせたこのスポーツには、暗号(コード)と関連していそうな名前がついているが関係はない。1929年に競技を考案した、シカゴのウィリアム・エドワード・コード博士の名前が由来だ。(101頁)》
コードボールは、円形のくぼみをゴルフのカップに見立て、14ホールのフェアウェイで行われたそうです。
《直径15センチのボールをスタート地点から蹴って〝ティーオフ〟し、ボールが止まった地点から再び蹴る。できるだけ少ない回数でボールを〝カップ〟に入れることが目標だ。簡単で、上達するために練習もほとんどいらなかったが、おそらくそれがあだとなって早く飽きられてしまったのだろう。(102頁)》
ゴルフが面白いのは、「うまくいかないから」というのは、異口同音でしょう。それが、コードボールはやさし過ぎてはやらなかったのは分かります。しかし、これが原型となったような「フットゴルフ」が根付いているようです。
似た競技には、スコアと速さを競う「スピードゴルフ」、パターだけの「パターゴルフ」あるいは「ミニゴルフ」などたくさんあります。「ゲートボール」や「ディスクゴルフ」も人気スポーツとなっています。
かつて関東周辺のゴルフ場で、「鉄人ゴルフ」があって、二つのゴルフ場で計45ホール回るというものでした。「早くやらなければ」という切迫感があって、これが無心の境地を生み、力みが取れる効用があったようです。
他には、数年前に“国内初!世界初!”と銘打って始まった「ゴルフトライアスロン」です。基本は、ゴルフをやってカート道をマウンテンバイク、次にランニングというものです。
ゴルフでは、仲間内で様々な“別戦”があって、それだけを独立させたら競技として成立するものがありそうです。
最近のゴルフシミュレータの飛球分析は正確で、「インドアゴルフ」は、オンライン展開などが実現しています。レッスンも受けやすく、世界のゴルフ場を設定してリッチな気分で楽しみながら、実力アップができる未来志向ゴルフです。
ゴルフは用地確保がたいへんで、これを解消するために、ジャック・ニクラウスが30年も前に提案したのが「ケイマンゴルフ」でした。ボールを軽くして飛距離は半分程度、用具は普通のゴルフセットです。国内にも数カ所のコースがあります。
同様のコースでできるのは、通常のゴルフボールで行う「ショートコース」でしょう。ドライバー禁止でも、100ヤード前後のコースでグリーンを攻める練習ができ、十分に楽しめます。
この本の冒頭で、アメリカのゴルフ人口の減少が指摘されています。《「過去10年間で競技人口は500万人減少しているのです!」と登壇者の1人、米国ゴルフ財団(NGF)のCEOジョー・ベディッツは声高に叫んだ。(中略)「3000万人のうちの500万人です!」。少なくとも米国に限って言えば、年に8ラウンド以上プレーするコアな層のゴルファーが25パーセントも減少していることが数字で示された。(14頁)》
この集まりは、フロリダで2014年に開催されたものです。《絶滅した鳥、ドードーとゴルフが同じ道を歩んでいるのかどうかは、まだ見守る必要があるが、テーラーメイドゴルフ社の狼狽ぶりからうかがえるのは、スポーツは不滅ではないという事実だ。人気が下火になり、人々の記憶から消えてしまうスポーツもある。(15頁)》
生き残るものは、自らが変化してきたと言われます。自然界のことですが、人間のするレジャーやスポーツも生き残りの対象でしょう。多彩な楽しみがあるゴルフが今後、どう変化するか楽しみな行方です。***
文/柴山茂伸(書斎のゴルフ編集部スタッフ)
新連載「ゴルフは本でうまくなるか」(隔週)
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- ゴルフは本でうまくなるか〈19ー27話ダイジェスト版〉
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- ゴルフは本でうまくなるか〈28ー36話ダイジェスト版〉
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