ゴルフは本でうまくなるか〈24〉(2023年3月13日)

『バルタザ-ル・グラシアンの賢人の知恵』バルタザ-ル・グラシアン 著/齋藤慎子 訳 

ディスカヴァー・トゥエンティワン(2006年刊)

ゴルフで語り継がれた言葉は、ゴルフ愛好家の技術向上のきっかけとなり、ときに安らぎや勇気を与えてくれます。これと同じように、一般的な名言や格言も解釈の仕方でゴルフと関連づけられるものが多くあります。

この本「賢人の知恵」は、17世紀スペイン修道士の著述集で、世界中で翻訳されたものです。ゴルファーたちにも愛読者がいたかもしれません。

《明るい話題を話す:「いつも明るい知らせを持ってきてくれる人」と認められたいということは、つまり、良いものを探しだして、みんなに知らせる能力が評価されたということだ。悪いことをあざ笑うのではなく、良いことをほめる習慣がある人は、引く手あまたとなってその意見をぜひ聞きたいと思うだろう。(12頁)》

ゴルフでは単に相手をほめればいいというものではありません。なぜなら、その誉め言葉がプレッシャーとなることがあるからです。それでも、相手のいいところをほめようとする気持ちは、世の中で歓迎される基本的な資質です。

《相手の欠点を受け入れる:ひとはみな助けあって生きている。折りあうのが難しく、しかも避けては通れない人というのはいつでもいるものだ。それなら、頭を切り替えて忍耐力を養おう。そうすれば、嫌な人とかかわりを持たなくてはならなくなったきに、あわてて忍耐力を身につけようなどとしなくてすむ。(34頁)》

ゴルフではいつもの仲間とのプレーも楽しいのですが、初対面の人とやることも多いのです。すると独自の緊張感が生まれるのですが、相手も同様でしょう。途中で打ち解けることもあれば、お互い寡黙なままで「お疲れさま」だけで終わることもあります。忍耐力を感じることが、人もゴルフも磨きあげるのでしょう。

《人の不幸に同調しない:友人の不幸に浸ってしまわないこと。人の不運は他の誰かの幸運かもしれず、その幸運の陰にはたいてい多くの人の不運が隠れているものだ。(中略)たいていの人が、いつもついていない人により好意を感じるのはよくあることではあるが。(37頁)》

ミスショットで人生が変わるものではありませんが、ボールの行方に右往左往するのがゴルフです。そして、下手な人に同情して、友人になることがあります。

《風向きを調べる:ことに乗り出す前に、それがどのように受け止められるか考えてみよう。やろうとしている新しいことが安全だと確信できれば、新たな自信が得られて、さらに元気づけられるはずだ。(61頁)》

「安全だと確信できれば、実行しよう」となるのは、実社会だけでなくゴルフでも当てはまります。〝風向き〟は、本当の風と内面に吹く突風のような風があって、ドラマが生まれるのです。

《文句を言わない:不平を言えば印象を悪くするだけ。激しい感情をものともせず、落ち着きを保っているほうがずっといい。文句を言えば、人に自分の弱みを見せてしまうことになる。(中略)賢人は自分の苦難を人に知られないようにする。相手に利用されるのを避けるためだ。(90頁)》

「あるがままにプレーする」とは、ゴルフの不条理を受け入れることです。いい当たりが行ってみたら、見つからないことがある。それでも規定の3分が過ぎたら平然とロストボール宣言して、次のアクションに移る。3分はまたたく間なので、オーバーしがちです。「思い切れば、思わぬツキが転がり込むのがゴルフだ」と思えることが度々あります。

《笑顔で受け流す:もめごとを避けるために、すばやく機転をきかせて気のきいたことを言う必要に駆られることもある。きわどい会話の錯綜からうまく逃れる才能は非常に役に立つ。どんなに辛辣な場面に直面しても、笑顔と余裕ある態度で受け流す術を見につけよう。話題を変えるのだ。(94頁)》

短いパターを外すと「もったいない」と言ってくれることがあります。親心でしょうが、傷口に塩を塗られる思いです。しかし、表面は「おもんばかってくれている」ので文句は言えない。こういうときは、「笑顔で受け流す」のが最良なのでしょう。

《相手の本心を考えながら話す:精いっぱい親切で言ったつもりなのに、まちがって仲間を不快にさせてしまうことがある。相手の本心を見分けるようにしないと、いらいらさせてしまうかもしれないし、ほめたつもりが侮辱ととられてしまうこともある。(104頁)》

ゴルフで失敗したら、なぐさめの言葉はいらないし、原因指摘などはもってのほかです。「アプローチがうまいですね」などとほめると、その人は、アプローチのときに「見られている」と意識して、失敗の確率が上がります。悪用厳禁です。

《弁明しすぎない:釈明しすぎないこと。たとえその必要がある場合でもだ。弁解のしすぎはよからぬことをしたからだと思われ、弱点や不健全さの証明となってしまう。(106頁)》

あのミスショットは、ああだったこうだった、と言い訳することがあります。しかし、これが弱点をさらけ出していると知れば、「弁明=言い訳は控えよう」という気になります。

《勇気を持つ:知識はすべてを可能にする。知識がなければ、この世は闇だ。ただし、勇気を伴わない知識は無力だ。(107頁)》

「そうだ!ゴルフは勇気を試されている」と言い聞かせたくなります。ゴルフのノウハウは、どれも価値ありです。でも、最後は、勇気です。スコアがダメでも勇気凜々(りんりん)となるのです。

《悲しみは水に流す:本当は記憶に残しておくべきことを水に流すのはとても難しい。意識的に記憶を鍛えよう。楽しく気持ちが安らぐことだけ思い出し、嬉しいことに意識をおくようにするのである。記憶の使い方次第で、この世は天国にも地獄にもなる。水に流すことが悲しみを癒す唯一の方法という場合もあるのだ。(134頁)》

〝ボールが池の辺りに飛んだ。水しぶきが上がったかどうか分からない〟そこに行ったら、ボールは転がって水の中にあった、なんてことがあります。この辛さ、悔しさは、水に流すしかない。「水に流す」は日本独自の感覚かと思いきや、スペインにもあったという発見です。

《明るい性格でいる:ちょっとしたユーモアはまさに絶妙の醍醐味。教養ある人は楽しむべきときを心得ていて好感を持たれる。(中略)物事が深刻にならないよう、配慮すべきときを見分け、きわどい場面もちょっとした冗談で方向転換できるような能力を養おう。いつも快活な人はみんなに好かれる。(139頁)》

ゴルフでの駄じゃれとかオヤジギャグは根強く面白い。バカバカしく笑いをさそうものです。これらをひとくくりでユーモアとしたら、品がいいユーモアを心がけなければなりません。

《人のために行動する:いくら才能や能力があっても、それが誰かのために発揮されなければ何の意味もない。人のために行動しよう。そうすれば、やがて自分にも正しい行いが返ってくる。(145頁)》

ゴルフでは、自分で雑事をこなします。だから、こなしきれないときに、手助けがありがたいもの。ディボットやボールマークを直せば、次の人が困りません

《激情にかられて行動しない:かっとなって行動すると、すべてを台無しにしてしまう。激しい感情に理性も失われるので平常心が保てなくなり、自分を守る行動がとれないのだ。(166頁)》

「ミスショットでクラブを叩きつけるのは、悔しくてじゃなく、プロの真似をしているだけかもしれない」。こんな風に考えると、激情が落ち着くかも。プロゴルファーは、自在に扱えるクラブで〝観客をドキッとさせる演出〟をしているのかもしれません。

《見られているつもりで行動する:いつも誰かに見られたり聞かれたりしているかもしれない。ひとりきりのときでも世間に見られていて、あらゆることが明るみに出る可能性があると思って行動しよう。(171頁)》

ゴルフは〝プレーヤー自身が審判〟という不文律があって、自分に不利に判断する基本があります。実際には、柔軟な運用があるでしょうが、《見られているつもりで行動する》と意識すればいいのです。

《ゆっくり急ぐ:用心を怠らず、必要なら立ち止まってよく考えること。もちろん、あまり長く立ち止まりすぎてもいけない。ぐずぐずしていると計画全体が止まってしまうからだ。ゆっくり急ごう。(197頁)》

用心しながらも急ぐという考えは、いかにもゴルフ的です。洒落ていて印象的な言葉ですから、プレー中に思い浮かべれば、あせることなく適格な選択を促してくれそうです。「ゆっくり急ぐ」のです。

《忠告に耳を傾ける:好意的な忠告を自分の役に立てられないようでは、あまり立派とはいえない。人の言うことに耳を傾けようとしないのは、どうしようもない愚か者だ。(中略)頂点に達した人でも、友人に門戸を開けておくべきだ。どうしようかと悩んだり非難を恐れたりせずに、遠慮なく意見を言ってもらえるように。(216頁)》

ゴルフの楽しみの一つは、人に教えることです。ときに、教わる方が上手いなんてことがあります。ある程度ゴルフができるようになると、教えたくなる。儀礼的でも感謝しておけば、友好関係は続くでしょう。この最後に「来る者みんなに耳を貸すことはない」と但し書きがあります。

《いつも何かに思いこがれる:精神を生き生きと保つには、情熱と好奇心が必要なのだ。満足しすぎることは不運だ。望むことが何もないと、今度はあらゆることが心配の種になるからだ。欲望がなくなったとき、心配が始まるのだ。(217頁)》

「思いは叶う」といいますから、「次はナイスショットだ!」とか「次はパーであがるぞ!」などと「思いこがれる」と実現の可否はさておき、楽しいゴルフとなりそうです。

《危機をチャンスに変える:危機は名声を得るチャンス。気高い人なら、追いつめられたときこそ無限の力を発揮する。人は対決をへて偉大になるものだ。(220頁)》

言い尽くされた感がありますが、四百年以上前も人間社会は大差なかったのでしょう。これは、ゴルフ中に何度も言い聞かせる言葉です。ダメでもくじけないことです。

《楽しく過ごす:実際問題として、楽しむことほど大切なことはない。本当の意味で人に与えらえれているのは時間だけで、しかも貧富に関係なくみんな平等に与えられているのだ。(226頁)》

ゴルフはスポーツ競技であり、余暇としてのレジャーでもあります。だから、「楽しかったら、いい一日」だったのです。例えば、物語が楽しいのは、いい話と悪い話しが混ざっているからです。ゴルフも似たようなものでしょう。

《ときには放っておく:自然に落ち着くのを待とう。つまり、神に任せるのだ。泥で濁った池も、そっとしておけば澄んでくる。混乱が続くようなときにとるべき最善策は、自然に元どおりになるまで放っておくことだ。(233頁)》

ゴルフでダメなときは、何をやっても結局ダメということが少なくありません。「ときには放っておく」気持ちでいると、何かが好転し始めるかもしれません。

《ツキがないときを知る:何もかもがうまくいかないときはある。二度やってみてだめだったら、そういう日だと思ったほうがいい。(中略)にもかかわらず、どうもうまくいかない人がいるのは、要はツキの問題なのだ。自分の幸運の星が輝いたら、そのタイミングを無駄にしないで、うまく活かそう。(234頁)》

ゴルフでは、ツキがないより、経験が少なく、技術が伴わないと考えたほうが的確なことが多いのです。しかし、コースに出るとツキの存在を感じてしまう。それは、ハプニング的なことが多いからでしょう。いっそのこと、「ゴルフのツキは、もっと大事なときのために使わなかった」と考えた方がさっぱりするかもしれません。

《人らしくふるまい、神のように見抜く:これが神の法則であり、自明の理である。(132頁)》

ゴルフ場には“魔物”もいれば、“女神”もいる。この“お二人”がいるから心にアンジュレーションが生まれます。ときに神の采配を受け入れながら〝賢人のゴルフ〟を目指したいと思います。***

文/柴山茂伸(書斎のゴルフ編集部スタッフ)

新連載「ゴルフは本でうまくなるか」(隔週)

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